理想と現実の間で

国木田独歩 〜 理想と現実の間で 〜」全20回
朗読 : 田中宏樹(俳優)
テキスト :「武蔵野」新潮文庫(1949年発行)、「牛肉と馬鈴薯・酒中日記」新潮文庫(1970年発行)

イギリスの詩人ワーズワースを愛読した独歩は、中でも自然と共存する名も無き人々を主人公とした抒情あふれる詩に心酔し、それらを創作の手本とする。こうして詩人として出発した独歩が、小説家へ転身した後、初めて刊行した作品集「武蔵野」(明治34年3月)から4つの作品を取り上げる。素朴な自然の情景や庶民の姿を通して、飾り気のない、ありのままの中に潜む美しさを描いた独歩の初期の世界観を味わっていただく。後半は、後に近代的短編小説の先駆けとされる後期の2作品を取り上げ、最後は「武蔵野」の原点となったといわれる自身の体験が織り込まれた小説「空知川の岸辺」をお聴きいただく。

【独歩が20代の時に発表した初期作品】
(1)「武蔵野」最初の結婚に破れた傷心の独歩が、緑豊かな自然の中で自身の内面と向き合い、新しい自分を見つけていく。まるで鳥のさえずりや小川のせせらぎが聞こえてくるような詩情あふれる文章を耳で感じていただきたい(明治31年1月10日, 2月10日「國民之友」)。
(2)「郊外」東京郊外が舞台だが、こちらは無欲な小学校教師が主人公で、この教師を鏡として生きる庶民の悲喜劇が描かれる(明治33年10月1日「太陽」)。
(3)「忘れえぬ人々」名も無き文学者が旅先で出会った男に、自身にとっての忘れえぬ人々を語る形式を通して、独歩にとっての読者とは何か、という問いを浮き彫りにする(明治31年4月10日「國民之友」)。
(4)「河霧」独歩が小学生時代を過ごした山口県岩国を舞台に帰郷した、傷心の男が改めて自分を見つめ直す(明治31年8月10日「國民之友」)。

【独歩が30代の時に発表した後期作品】
(5)「牛肉と馬鈴薯」ある酒席を舞台に、牛肉を現実、馬鈴薯を理想ととらえて、それぞれの主張を言い合い、話題は政治や恋愛などへ展開していく。会話を通して、さまざまな人間の問題や考え方を投げかけるユニークな作品。
(6)「空知川の岸辺」明治28年(24歳)、独歩が最初の結婚生活を夢見て、新居を求めて渡った北海道の地。その旅こそが後の作品「武蔵野」につながる。この「空知川の岸辺」は明治35年、31歳の時に、かつて原始の大自然に、その北の大地に理想を追い求めた自分を振り返りながら、当時の思いをたどった作品(明治33年11月1日, 12月1日「青年界」)。

国木田独歩
明治4年1871年)8月30日、千葉県銚子生まれ。
5歳から16歳の少年期は広島県山口県で育つ。東京専門学校(現・早稲田大学)を中退後は新聞記者などを経て、明治30年(1897年)26歳の時に田山花袋柳田国男などと「抒情詩」を合同で刊行し、詩人として出発。次いで明治34年(1901年)30歳の時に作品集「武蔵野」を刊行、自然の中に人事を見つめる小説家へと転身した。学生時代からイギリスの詩人ワーズワースに心酔した独歩はその自然賛美の詩を創作の手本にしたと言われ、「武蔵野」などに代表される自然描写力は後の自然主義文学に大きな影響を与えた。明治41年(1908年)6月23日、肺結核により36歳で死去。今年は没後110年に当たる。
http://www4.nhk.or.jp/roudoku/315/