パステルナークと井上ひさしさん

本日、バーリンとジャハンベグローの対談集を読了しました。
以下、今日読んだ中でとても印象に残ったバーリンの発言です。

パステルナークはマールブルク大学のヘルマン・コーエンの講義に深い影響を受けました。ブロクと同じく、彼はカントといく人かのドイツ形而上学者を読み、彼らから何かを引き出しました。パステルナークは『ドクトル・ジバゴ』の中でシェリングについて語っていますが、小説の中でシェリングに触れるような近代作家は誰か他にいるでしょうか。私はパステルナークはある種の哲学を非常によく理解しており、それが彼のものの見方に入り込んでいたと思います。彼はきわめて知的で、きわめて鋭敏な人で、決して素朴ではありませんでした。

ドクトル・ジバゴ 1

ドクトル・ジバゴ 1

この「小説の中でシェリングに触れるような近代作家は誰か他にいるでしょうか」とバーリンパステルナークの『ドクトル・ジバゴ』を評している箇所を読んで、私は、以前、井上達夫さんが先頃お亡くなりになった井上ひさしさんの『吉里吉里人』について「小説の中にシュミットを引いている文学作品を私は他に知らない」と言われていたのを思い出しました。
吉里吉里人 (1981年)

吉里吉里人 (1981年)

そういえば4月11日にNHKテレビのニュースで井上ひさしさんの訃報に接したのですが、その日の読売新聞読書欄に野家啓一さんが『井上ひさし全選評』の書評を書かれていたことも、偶然でしょうが何か印象的でした。
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20100412bk0a.htm
井上達夫さんといい野家啓一さんといい、あと20年もすれば「日本のバーリン」と評されることになるかもしれない現代日本の哲学者です。そういう方々が評価されている井上ひさしさんがお亡くなりになったというのは日本の文学界にとって誠に惜しまれる事でありましょう。合掌。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20100411/t10013764401000.html
井上ひさし全選評

井上ひさし全選評

後記
後日、気になって確認したところ、井上達夫さんが井上ひさし吉里吉里人』について「小説の中にシュミットを引いている文学作品を私は他に知らない」と言われていた、というのは記憶違いです。
実際には丸谷才一『裏声でうたえ君が代』について「ハンス・ケルゼンのような法理論家の名前が出てくる小説を、この丸谷作品以外に私は知らない」でした。
井上さんの『現代哲学の冒険○制度と自由』(1991.5)の中の「自由への戦略 アナキーと国家」論文の読書案内で『吉里吉里人』と『裏声でうたえ君が代』の2冊を並べて挙げられていたのでうっかり間違えました。