「五十でマザコンも悪くない」
橋本 治さん(1948.3.25 − 2019.1.29)
たまたまネット上で見つけた「婦人公論」1999年9月22日号に載っている鼎談「独身上手と結婚上手の間で」の中で、当時51歳の橋本さんがなかなか興味深い発言をしていました。
俺、四ヵ月、同棲してたことがある。そういう意味じゃ、ずーっとシングルだったわけじゃないよ。そのとき感じたんだけど、人といるとラクだよね。
帰ると「お帰んなさい」って言われて、ご飯もつくってあってさ。それに、俺、それまでは他人といるとダメかと思ってたんだけど、ぜんぜん違う。こっちが原稿書いてる横で、相手が寝転がってテレビ見てても平気なんだよ。いても平気な人間がいるんだってことがよくわかった。それから、“万人に対する愛”みたいに、誰かを選んではいけないんじゃないか、なんてヘンな思いも以前はあってさ。でもそうじゃなくて、好き嫌いをハッキリさせていいんだというのもわかって、気がラクになったよ。だから誰かいればいたでいいし、どっちでもいいんだ。
俺は家に対する執着はまったくない。ないから逆に、人に言われるまんま家建てさせられたというのがあって。要するに、どうせカネいらないから、今のうちに借金で縛っときゃいいかなって、すごく大ざっぱなこと考えたの。それで、結局、もうこれ以上、不動産にカネ出せないから、誰かと暮らそうにも、できないのよ。だから不動産関係のカネによって、シングルは決まりという面はあるね。
今、荷物が三十坪全部を占領してて、屋根裏部屋にベッドと机を置いて、そこで原稿書いてる生活だよ。これ以上のことをしようと思ったら、あと二十年以上、借金返し続けて、それが終わったあとじゃないとできないもん。すごくわかりやすいでしょ。
今は夜だけ母親に弁当つくってもらってる。俺、人にものを頼むの、わりと拒んでた部分があったのね。でも今になって考えれば、頼むことから人との関係は始まるし、甘えちゃうのも重要だなと思って。シングルで母親に弁当つくってもらってるといえばマザコンで、二十、三十代の頃にそう言われるのは死ぬほどイヤじゃん。だけどこのトシになると、五十でマザコンも悪くないかと……。
http://www.1101.com/fujin-ido/181index.html
「家に対する執着はまったくない。ないから逆に、人に言われるまんま家建てさせられた」とか「もうこれ以上、不動産にカネ出せないから、誰かと暮らそうにも、できないのよ。不動産関係のカネによって、シングルは決まりという面はあるね」など、私自身、非常に身につまされる台詞ではあります。
なお「五十でマザコン」ということですが、これは悪いどころか、おふくろさんが長生きでお達者だからこそ、ということであって、非常に有難いことだと思います。
そんな橋本さんが2007年12月に『小林秀雄の恵み』という重そうな本を上梓されていたようで、私はつい最近まで知りませんでした。9月14日付け日経新聞読書欄の橋爪大三郎さんのコラム「半歩遅れの読書術」を読んで知ったのですが、橋爪さんは加藤典洋さんから「これ、面白いよ」と勧められた、とのことです。
この本は、小林秀雄『本居宣長』についての「読書ノート」のようで、これは是非読んでみたいと思いました。
というのは、私にとって、この小林『本居宣長』は、高校3年の時、現国の授業で佐々木恵雲先生が、直近に刊行された箱入りの立派な造本の本書を手にされて「今、読まなくても(読めなくても)買っておいて、いつか手にとって読んで欲しい」というようなことを言われたのを聞いて以来、心のどこかに引っ掛かったままになっている本で(高校1年の夏休みの、未だに提出していない数学の宿題のようなもの?)、いつの日にか必ず読了してやろうと企んでいる本だからです。
ということで、橋本さんのこの本は「見事な宣長論であり小林秀雄論」(橋爪さんの評)とのこと。大きな山のような小林『本居宣長』を登り切るに当たっての良き手引きになってくれそうな気がします。
なお、橋本さんはこれより前、小林秀雄の生誕百年を記念して刊行された第五次小林秀雄全集 全14巻(別巻2)に「宣長と桜と小林秀雄 ― あるいは「いい人」について」を発表されています(2002.7)。
どうでもいいことかもしれませんがこの全集の造本が大変素晴らしい。背が牛革張で手で本を持って開いた時の感触が何とも言えません。
- 作者: 小林秀雄
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そういえば橋本さんの『小林秀雄の恵み』も「新潮」に2004.1から連載されたもの。
本というのは、出版社の編集者の手によってなるものだ、ということが、これでよく分かりました。
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