金井利之教授の見立て

大阪府橋下知事のブレーンには経営学、NPMの専門家である上山信一慶大教授(本日の読売新聞朝刊の記事「顔」参照)を始め行政学専攻の金井利之東京大学教授も参加されており、現在の大阪府の行革が全国から注目されるのもむべなるかな、です。
http://www.actiblog.com/ueyama/

大阪維新  角川SSC新書  橋下改革が日本を変える (角川SSC新書)

大阪維新 角川SSC新書 橋下改革が日本を変える (角川SSC新書)

http://www.pref.osaka.jp/chikishuken/jichiseido/index.html
10月1日発行の「自治日報」という週刊紙の「自治」という巻頭言にその金井教授が以下のように書かれていますが、なるほど、小選挙区制の導入を始めとする「政治改革なるもの」について教授はそういう見立てなんですか。正に日本にとっての「失われた20年」だったんですね。名古屋大学の後教授とはかなり違うようです。

 1990年代に始まる政治改革は、自民党一党支配体制という戦後政治行政のあり方の閉塞感から発生したものである。自民党一党支配体制は、竹下内閣でその爛熟を迎えた。各種の利益団体の調整を高度な技法で達成して最少不満社会を作るものであり、自治体も「自治業界」というメンバーとして、その利益配分調整に預かってきた。その典型が国税消費税の地方への配分や「ふるさと創生1億円」などと言うものである。
 しかし、この体制は、政治資金的にも財政的にも、利害調整には金がかかるというアキレス腱を持っていた。竹下内閣もリクルート事件という金銭スキャンダルのなかで崩壊した。財源総枠を拡大するという消費税導入の試みも、結局は各種既得権益へのバラマキによってしか実現できず、結果的には財政悪化をもたらした。さらに、既得権益から形成される膠着状態を打破することはできず、政策の選択肢は限られて、少子高齢化という国勢の緩慢な衰退を迎えることとなったのである。
 このようななかで処方箋として出て来たのが、政治改革なるものである。小選挙区制を中心とする選挙制度に改め、政権交代可能な二大政党制を実現する。さらに、行政改革・国会改革などによって内閣機能を強化し、首相・内閣を中心として政策決定を行い、官僚機構に対して政治主導を実現するというものである。しかし、その道程は長いものであり、(中略)ようやく2009年に政権交代が成就したのである。
 ところが、苦節十年で政権交代を成し遂げた民主党政権は、鳩山内閣菅内閣と、末期自民党政権よりも短命な「政権たらい回し」と失政を続けている。要は、日本には二大政党制は無理なのであることが証明されつつある。(中略)こうしたイギリス的な政権付託システムは、短期的な空気に流されやすい日本人には無理なのである。

ここでいわれる「イギリス的な政権付託システム」とは以下のとおり。

 マニフェストを掲げた衆議院選挙によって、二大政党間および党首=首相候補間の選択を有権者が直接に行い、その付託に従って勝利政党は4年間の任期を全うする。その実績を踏まえて、有権者は次の衆議院で政権継続か政権交代かを選択する。
 その間は、短期的な成果を挙げることや、世論調査結果に一喜一憂することなく、さらには参議院選挙の動向にも影響されることなく、政党の事情での党首任期設定や党首交代などということをせず、腰を据えて政策運営を行う。
 その間は、有権者も与党政治家もマスコミも、じっくり見守る。逆にいえば、二大政党の党首には、4年間もつような人物をじっくりと選ぶ。

このような、やや性急かとも思える見立てに続き、これからが金井説のおもしろいところ。
こうきます。

 さて、このように国政が機能不全を起こし、かつ、既存の処方箋が挫折した状況で自治体は何をすべきであるか。
 一つは、第四次分権改革の主導である。そもそも、二大政党制・官邸主導・政治主導と、分権型社会は整合しない。イギリスのように、集権型国家に相応しいのである。従って、政治改革が挫折した今日、唯一残された処方箋は分権改革ということになる。国政の機能回復は無理であるならば、直ちに国政の機能縮小と国から自治体への機能移転が必要なのである。
 二つは、各自治体での自律的・創造的な政策運営によって、住民生活の確保を地道に実現することである。「消えた高齢者」問題などは、自治体として恥ずべき現象である。
 三つには、自治体政治家は「自分ならば国政をうまく運営できる、国政に出たい」などという考えを抱かないことである。誰がやっても国政は失政に至る。むしろ、自治体の公選政治家の地位を活用して、既に失われた国政(=失政)の機能縮小を目指すべきなのである。

イングランドスコットランドウェールズ北アイルランド連合王国であるイギリスのどこが集権型国家なのかはよく分かりませんが、結論はこうなります。

 分権型社会とは、短期的な空気に流されやすい日本人には相応しい。それぞれの部分利益の勝手な行動の集積でありながら、それなりに相互同調が生じて破綻は生じない。住民の空気も、特定の自治体内のことで留まるのであって、全体的な悪影響は少ない。こうした自律的調整のメカニズムの確立こそ、政治改革挫折後の目指すべき方向なのである。

自治体の奮起を求めているようで、私にはまるでブラックジョークです。たしかに名古屋市政の混乱など他の市民には何ともありませんし、大阪府の改革が潰えようと他県の住民は他山の石とすれば良いのでしょうから。
いやぁ金井先生、ますます好きになりましたよ。先生の最新教科書を熟読してみようという気分に十分なりました。